突然、妃那の声がした。

突っ伏した頭をはっと上げると、妃那の目がうっすらと開いている。

その目はわずかだが腫れているように見えた。



「悪ぃ。起こしちまったか?」

「ううん・・・なんとなく、たくみのこえ、きこえたきがしたの」



舌っ足らずに話しながら、妃那はふわりと笑った。

妃那の体全部が俺の方に向いて、その手が俺に伸ばされる。

反射できゅっと握ると、その手はわずかに暖かかった。

昔から子ども体温で眠くなると暖かくなる。

変わってねぇな、と小さく笑みが自然に零れた。



「たくみ」

「ん?」

「きらい、って、うそだからね 」



妃那はそれだけ言うと、また意識が遠のいたようですうっと眠りに落ちた。

閉じられた瞳を縁取る長いまつげが呼吸に合わせて小さく揺れる。



「───バーカ」



お前が気にしてどうすんだよ。

妃那の寝顔に呟いて、空いている手の拳をこつんと彼女の額に当てた。

この小悪魔な幼馴染は、こうやって人を手放さない。

寝ていても俺の手を握るこの小さな手にほんの少し力を込めた。



この馬鹿な幼馴染に対する気持ちを何て呼べばいいんだろう。



ただ1つ分かることは、もう妃那から離れるときがやってきたということだった。

守りたい手が指の間をすり抜けて落ちていく。

そんな小さなことにすら、なんだか無性に泣きたくなった。





(妃那に依存しているのは、俺の方だったのかもしれない)

(母さんが布団を持ってきてくれるまで、俺は目に焼き付けるように妃那の寝顔を見つめ続けた)