トイレから出て、はいつくばってリビングへ向かう。


たった数メートルしかないマンションの廊下が、恐ろしく長く感じる。


いつもなら数歩で移動できる距離を、誰かがいたずらで伸ばしたんじゃないかと思うほど長い。


自分の荒い呼吸音が空間に積もって、なけなしの平常心を奪っていく。


とにかく、もういやだ。


早く楽になりたい。




電話機にたどり着いたころには、意識がもうろうとしていた。


いざというときのために、と無理矢理覚えさせられた父の携帯番号。


無駄だと思っていたが、役に立つ時がきた。


力の入らない指で、ボタンを押す……けれど、この精神状態なのでうまくいかない。


同じような入力ミスを二、三度繰り返し、やっと呼び出し音が聞こえた。


いくら強がっていても、分かったふりをしていても、こういうときに子供の頭に思い浮かぶのは、やはり親しかないらしい。


父の声を聞いたら、きっと私は甘えた声で泣き出してしまうに違いない。


情けないけれど、日頃の反発心は折れていた。