アリィ


校区内で痴漢が出たから気をつけて、と訴えている麻生先生に蔑んだ視線を送りながら、アリィは私にこっそり耳打ちしてきた。


くだらない。


これは単なる嫉妬。


念のため言っておくと、麻生先生の身なりはアリィが言うような恥知らずなものではなく、働く女性としてごくごく適当なもの。


アリィは可愛い、美しい同性なら誰だって嫌いなのだ。


自分が敵いようもない相手をどうにかしてけなすことで、自分が一番だと思いこみたいだけ。


その行為自体が自分をますますおとしめていることに気づきもしないで、まったく愚か。


だいたい、ぶりっこなのはアリィのほうだ。


私は何の反応もせずに、麻生先生の揺れる自然な栗色の髪の毛を眺めていた。


すると、アリィは何も言わなくなった。


……これは。


ちら、と視線だけで様子をうかがうと案の定、しゃくれているあごをさらに突き出して唇をとがらせた横顔があった。


三日月みたい。


でも、ちっとも美しくないので、そんなふうに言ったら三日月に失礼になるだろう。


どうせ休み時間になれば今の感情なんて忘れているに違いないので、放っておくことにした。


「……連絡は以上です。一時間目は、えっと、数学ですね。みんな頑張ってください!」


起立、礼、をすると着席の号令を待たずに麻生先生は慌ただしく教室を出て行った。


そんなに急がずともいいのだろうに、それでも必死な彼女の姿は微笑ましい。


私もあんなふうに、何をしても愛嬌がある女性に生まれたかったな。


騒がしく遠ざかっていく足音に入れ代って、数学の先生が姿を現した。


「若い人は元気ですな」


定年間近のおじいちゃん先生は、隙間だらけの黒ずんだ歯列をのぞかせてニカッと笑った。