「ああ、悪い」
 
フェンスのすぐ側に立ったまま、彼は表情を崩さずに言った。

その長い前髪が風になびいて上手く瞳が見えない。

 
ゆっくり、彼の元へと近づいた。
 
翳りを見せた空は段々と、彼の姿を見えにくくするから。
 

一歩、近づくたびに鼓動は速まる。

 

あの日、屋上で。
 
誰よりも先に私におめでとうと言ってくれた。
 

もう死のうと思っていた私に、忌憚のない瞳で接してくれた。
 
いつも本を読んでいて、どこか人と慣れ合わない雰囲気を持っていて。



「ケーキ、作ったんだけど……ここに来る前になくなってしまって」

 
だけど何故か、その姿をしっかりと覚えていた。
 

空気みたいな私とは違う、そこに彼は確かにいた。