退屈過ぎる日常の有り難味は、逃亡生活で嫌と云う程に骨身に染みている。二十九年間。人生と云う道を振り返った時に襲い掛かって来る、逃亡生活から来る虚しい時間。戸籍や名前を捨て、犯した罪から逃げると云う事は、並大抵の苦労では無い。職を渡り歩き、一日を生き抜く。一般的に見た場合、日本は平和な国に属する。そんな国の中でサヴァイバルと云う言葉を使うのであれば、先ず間違い無く『逃亡生活』を指し示すだろう。戸籍を浮浪者から買い取り、部屋は保証人協会を使い抑える。だが、それだけで安心する事は出来無い。何故なら、電気メーターや水道の検針を調べれば、その部屋に人が住んでいるか如何か等は一目瞭然だからだ。部屋の出入りや蛍光灯の使い方に迄神経を回すと云う生活は想像以上に精神を磨り減らす。毎日の生活ですらその状態だ。細かく見るのであれば、住民票の問題も有る。逃亡の必要の無い時効を迎えた今でも、住民票を移動させた場合は、幾ら『個人情報保護法』の元、情報管理が万全だと云われても、金に糸目を付けなければ探り出す方法は幾らでも有る。逃亡生活に入った時、私は十六歳で妹は五歳だった。


