逃げたりしても、居場所は無いから。
両親にこの家を託されたのは
きっと何かの運命。
それに、今日で少しだけ
自信になったの。
住む世界が違う私だけれど
何か出来ることがあるんだと。
貞子の嬉しそうな顔が、嬉しくて仕方なかった。
そう告げた私に、凜はしばらく無言だった。
変化しない真顔が怖い。
こうして見ると、やっぱり彼は美しくて
見つめられるとどうも調子が狂ってしまう。
それを誤魔化すように
ヘラっと笑って、バケツを手に取った。
「よ、よし!これから繁盛するかもねっ
私、頑張るから!」
凜の横をすり抜ける瞬間、
微かに「小町」と名前を呼ばれた気がして振り返る。
「ん?」
静寂に包まれた部屋の中、
お互いに目を合わせたまま動かない。
何かを凜は伝えようとしているのか、何度も口元が動いた。
