「あ、結樹さん、おかえりなさい。鈴音さんに結樹さんの見張り頼まれました。」


結樹が実行室に戻ると栗色の軽くウェーブがかかった頭が見えた。
クルッと回転椅子で振り返り、人懐っこい笑顔を向け結樹を出迎える。


「透夜か…。見張りなんていらねーから戻れ戻れ。」

「そんなわけには行きませんよ、俺が鈴音さんに怒られる!…って、あれ?奏空さんは?」


鈴音から二人一緒に出ていると聞かされていたのに奏空はいない。
結樹ならサボることも多々あるが、奏空はほとんどない。
それは実行部の中では周知のことだった。


「あぁ…隣。」

「隣って…噂の眠り姫のトコですか?」

「噂…?」


結樹は思わず仕事を開始しようとした手を止め、透夜に向き直った。


「結構有名ですよ?関係者以外入れない、開かずの間の眠り姫。」

「……。」

「…どう…かしました?」


眠り姫の話をした途端、結樹の顔がしかめっつらになっていた。
普段、絶えず笑顔の結樹には珍しいものだった。
もちろん透夜もこんな結樹は見たことがない。


「…噂なんて忘れろ。それから奏空の前ではその話はするな。」

「…え?なん……。」


透夜は聞きかけてやめた。
というより、結樹の鋭い視線によってやめさせられたのだ。


…ガチャッ。


沈黙の中、突然開いたドアに透夜と結樹は反射的に振り返った。


「え…?どうかした…?」


突然すごいスピードで振り返った二人に奏空は目を白黒させた。
二人もすごく驚いているように見えた。


「…いや。」

「なんでもないですよ。おかえりなさい。」


「…?」


そう言って、二人は不自然にコンピュータに戻り仕事を始めた。