澄んだ空気が夜の街を覆い、寒波が街を駆け巡り枯れ葉が舞い散る凍て付く様な寒さ。空には朧月が浮かぶ。淡い月光が街を照らし出す中、街灯の暗がりから、一人の男が現れる。千鳥足とも思える程に不安定な足取り。ふらり、ふらりと、何時倒れても仕方が無いと思える程の歩き方だが、その足取りが、不意にシャキッと成り歩き出す。男の視線の先、路地の先に新たな人影が現れる。
「こんな時間に千鳥足だと危ないですよ」
 街頭の下、自転車から降り立った、巡回中の警察官が男に声を掛けるが、男は無反応の侭で歩き続ける。
「ちょっと―」
 警察官は、男の動きに不信な物を感じたのか、自転車にスタンドを掛けて近寄る。刹那。警察官の脇の下から空へと向って一陣の風が通り過ぎる。
「えっ?」
 警察官は間の抜けた声を上げ、眼をカッと見開き、痛みの走る喉元に手を当てるが、その手の隙間からドクドクと血が溢れ出す。男は素早く警察官の口元を左手で抑え、身体を重ね合わせる様に近付け、心臓の下から斜め上に、水平に包丁を差し込む。胸。男の包丁が正確に警察官の胸を貫く。躊躇の無い正確無比な包丁さばき。心臓を刺すのなら、刃物は水平に構えないと、致命的な一撃を与える事は出来ない。何故なら、水平以外の方法で刺した場合、肋骨等の骨に阻まれて一撃で殺す事は出来ず、結果、反撃を食らう恐れもある。男は、その事を熟知していると云う風に、迷う事無く警察官の胸を一突きで貫き、包丁を抜き然ると、刃に付いた血をアスファルトに飛ばしコートの中に仕舞い込む。
「平凡な人生に華を添えて上げるよ。殉職と云う華を、ね……」
 血塗られたアスファルト。ピクリとも動かない警察官に、男は淡々と声を掛け、静かな足取りでその場を後にした。