キコキコとペダルを漕ぐ。通い慣れた道と平和な毎日。高濱は、懐からセブンスターを取り出し一服点けて思い切り吸い込むと、煙草の煙と同時に、鼻から冬の凍て付く風が肺に入り込み激しく咳き込む。
―やけに冷えるな。
高濱は、こんな寒い日は、燗にした日本酒と軽い肴が最高の御馳走だなと思い乍、最後の力を振り絞り自宅へと自転車を走らせる事にした。
*
「ただいま」
高濱はドアを開けると、玄関から部屋の中に声を掛けると、台所から妻の美奈子が出迎える。
「お帰りなさい。外は寒かったんじゃないの?」
「もう直ぐ年末に差し掛かるんだ。寒いなんてもんじゃ無いよ」
「天気予報で、今日の東京の最低気温は三℃だって云ってたわよ」
「最近の気温の温度差は激しくて堪らないな。楓はもう寝たのか?」
「ええ。何だか風邪気味の様で、先に寝るからって」
「そうか」
高濱は軽く落胆すると、美奈子は微かに笑う。
「楓も、もう十歳ですよ。そろそろ貴方も娘離れしなきゃ駄目ですよ」
「馬鹿な事を云わないでくれ。可愛い一人娘との時間は、大切にしないとな」
「楓が結婚する時を思い浮かべると、思い遣られるわね」
美奈子が肩を竦めて嘆いているのを横目に、高濱は作業着を脱ぎトランクス姿に成る。
「台所はお風呂場じゃ無いんですから、脱衣所で脱いで下さい!」
呆れた声を上げる美奈子を余所目に、高濱は身体を震わせて「準備宜しく」と短く云い風呂場のドアを開け、浴槽に身体を預け大きく溜息を付いた。
凍て付いた身体に、風呂の湯は容赦無く襲い掛かって来る。痺れる様な快感と震え。子供の頃には分からなかった、冬の風呂で味わう醍醐味。高濱は、浴槽に頭を静め、一日の疲れを癒す事にした。
「年を取ったよな……」
浴槽から見える鏡に映し出される自分の顔。目尻に刻まれた皺の数。ふとした時に気が付く自分の身体の老化。楓が生まれてから、夫婦は家族へと、男は父へと変貌を遂げる。妻と、二人で過ごした時間や思い出に不満が有る訳では無い。だが、漫然とでは有るが物足りなさを感じる。
―馬鹿な事を、考えているよな
―やけに冷えるな。
高濱は、こんな寒い日は、燗にした日本酒と軽い肴が最高の御馳走だなと思い乍、最後の力を振り絞り自宅へと自転車を走らせる事にした。
*
「ただいま」
高濱はドアを開けると、玄関から部屋の中に声を掛けると、台所から妻の美奈子が出迎える。
「お帰りなさい。外は寒かったんじゃないの?」
「もう直ぐ年末に差し掛かるんだ。寒いなんてもんじゃ無いよ」
「天気予報で、今日の東京の最低気温は三℃だって云ってたわよ」
「最近の気温の温度差は激しくて堪らないな。楓はもう寝たのか?」
「ええ。何だか風邪気味の様で、先に寝るからって」
「そうか」
高濱は軽く落胆すると、美奈子は微かに笑う。
「楓も、もう十歳ですよ。そろそろ貴方も娘離れしなきゃ駄目ですよ」
「馬鹿な事を云わないでくれ。可愛い一人娘との時間は、大切にしないとな」
「楓が結婚する時を思い浮かべると、思い遣られるわね」
美奈子が肩を竦めて嘆いているのを横目に、高濱は作業着を脱ぎトランクス姿に成る。
「台所はお風呂場じゃ無いんですから、脱衣所で脱いで下さい!」
呆れた声を上げる美奈子を余所目に、高濱は身体を震わせて「準備宜しく」と短く云い風呂場のドアを開け、浴槽に身体を預け大きく溜息を付いた。
凍て付いた身体に、風呂の湯は容赦無く襲い掛かって来る。痺れる様な快感と震え。子供の頃には分からなかった、冬の風呂で味わう醍醐味。高濱は、浴槽に頭を静め、一日の疲れを癒す事にした。
「年を取ったよな……」
浴槽から見える鏡に映し出される自分の顔。目尻に刻まれた皺の数。ふとした時に気が付く自分の身体の老化。楓が生まれてから、夫婦は家族へと、男は父へと変貌を遂げる。妻と、二人で過ごした時間や思い出に不満が有る訳では無い。だが、漫然とでは有るが物足りなさを感じる。
―馬鹿な事を、考えているよな


