「大丈夫ですか?」
 遠い所から、自分を呼び覚ます声が聞こえる。高濱は、途切れ途切れに成る意識に逆らう様に、必死に呼び掛けられる声に答え様と唸る。
「救急車、呼びましょうか?」
 意識を取り戻した高濱を覗き込むOLが安堵の溜息を漏らす。困惑した表情を浮かべたOLは、漸く冷静に成ったのか、救急車を呼ぼうと鞄の中から携帯電話を取り出す。
「大丈夫だ……」
 高濱はかすむ視界で、声のする方向に顔を傾ける。
「でも、頭から血が」
「少し、自転車で躓いただけだから」
 介抱を申し出るOLに、高濱は丁寧に礼を述べ立ち上がると、全身に電流が流れ、鈍い痛みに悶える。
「躓いた何て、嘘でしょう?」
「……迷惑を掛けた」
高濱は、これ以上は必要無いと云う意思を言外に漂わせ、自転車を放置して立ち去り、OLの眼が届かない場所に行き壁に身体を凭れさせる。
―何だってんだ。
 不幸中の幸いか、身体が動く事に高濱は安堵の溜息を漏らし、ズボンのポケットに有る財布と携帯電話を取り出そうとする。タクシー。朦朧とする頭の侭で、自転車を漕ぐ事は難しいと判断した高濱は、財布の残金を確かめる為にガサゴソと服を探るが、出て来たのは携帯電話だけで、肝心の財布は出て来なかった。
―糞!
 高濱は、踏んだり蹴ったりの腹正しさを胸に、自宅へとふら付く足で帰る事にした。