第三章 絶句
「今日、新しく入社する事に成った瀬戸慎一郎君だ。まだ二十歳の若者と云う事も有る、皆で色々と面倒を見てやってくれ。それとだな―」
 始業ベルが鳴り終わると同時に、工場長が一人の男を紹介した。高濱は、その紹介を上の空で聞き流し、先日の釣りの事を思い返すと、身体の節々の痛みに身悶える。
―俺も年だよな。
 高濱は呆然と無為な事を考えながら、改めて工場長の紹介している男に視線を向けるが、高濱はその瞬間視線を反らす。
 身長は低く、180センチ有る高濱よりも遥かに低い。恐らく160前後で比較的スリムな体型だ。それだけを見れば何処にでもいる男だが、高濱が視線を反らす原因に成ったのは、独特の鋭い眼だ。例えるなら、猛禽類の様に獰猛な気配が眼から漂い、全身から臭う気配は、人間的な雰囲気は無く、感情が無いロボットに近い物が有る。だが、その様な印象を受けたのは高濱だけでは無く、広い工場のメインに当たる入り口に集まった、全社員三十人は高濱と同じ様に視線を反らせている。何故会社はこの様な不気味な男を入社させたのだろうか。恐らく全社員の共通した意思の中には、高濱が考えた疑問を抱いているのだろう、高濱の横に居る石川が視線を寄越して声を掛けて来る。
「タカさん」
 小声で話し掛ける石川に高濱は軽く頷く。
「何処か、薄気味悪い物が有りますよね」
「確かに、ぞっとするな」
 高濱は、第一印象だけで人の人格を決めてしまうのは早計だと思い乍も、石川の言葉に自然と頷いてしまう。それ程に、男の持っている気配は独特で、掴み所の無い雰囲気が漂っている。
「さて、今日から入社して貰う訳だが―」
 全社員の気持を把握しているのか疑わしく成る程に、工場長は淡々と自己紹介を進め、最後だとばかりに高濱の名前を唐突に呼ぶ。
「では、今日からこの瀬戸君の教育係は、高濱君に任せるとしよう」
 工場長の突然の指名に、高濱はクラクラと眩暈を覚える。自分よりも年寄りと云うか、先輩に成る人材はいる。それに、今後の経験と人間関係を考えるので有れば、自分自身よりも年下の後輩に任せる方が良い。仕事が出来る事と、仕事を教える事が比例する事は無い。だが、高濱は上司の命令に逆らう事も出来ず、不承不承の侭頷くしか出来なかった。