「二人とも、海に落ちない様にね」
 堤防の下。美奈子は車の脇から二メートル上に居る二人に声を掛ける。
「美奈子も上がってこいよ」
「私は此処で良いわ。海の香りを嗅いでいるだけで満足よ」
 美奈子の声に高濱は頷き、視線を楓に戻すと、楓が掴んでいるロッドの先が激しく撓る。
「おっ!」 
 高濱が軽い興奮と同時に近付くと、楓は顔を左右に振る。
「駄目!私が釣り上げるんだから」
 ダッフルコートにジーンズ姿の楓は、必死にリールを巻いては、針の先に付いた魚と格闘する。
「頑張れよ!」
 高濱は、興奮する楓の後ろに回り込み、万が一、魚に引っ張られても大丈夫な様に、楓と魚との格闘を見守る。
「重いよ!」
 ロッドの先が激しく撓る。キリキリと、リールで糸を巻き取る音が風の中に響く。徐々に、沖に沈んでいた仕掛けが近付いて来る。高濱は、魚と格闘する楓を見守り乍、久し振りに興奮する自分の気持を楽しむ事にした。