リアル

「関さんですね?」
 坂部が静かに声を掛けて来る。私が返事をする訳にはいかない。関が私の意を汲んで一歩前に出る。
「約束の時間や」
 関が感情の篭らない声で坂部に語り掛ける。静か過ぎる夜だ。
「何処の誰か知らんが、ワシの無茶な願いを聞いてくれて、本当に有難う」
「田中さん……」
 坂部が田中の言葉に涙声を出す。家族では無いが、家族以上の関係が、複雑な思いが、坂部と田中の中で共鳴し合っているのかも知れない。
「云い残す事はあらへんか?」
「十二分に人生を歩んで来たつもりじゃ、思い残す事は無いよ」
「そうでっか」
 坂部が俯いて震えている。覚悟を決めた選択肢の筈だが、心とは厄介な物だ。
「準備、始めるで」
 関が私に声を掛けて来る。私は鞄から点滴を三つ取出し天井に紐を掛けて点滴を吊るす。淡々と準備をする。そんな中、田中妻の梅子が微かに呻き声を上げる。
「痛み出したんか?」
 関が声を出して私を急かす。機器がカチャカチャと音を発てる。私は点滴の管に生理食塩水を流して針の先から少し溢れさす。準備は整い、私は関に合図を送ると、関が坂部に話し掛ける。
「坂部君、眼を閉じてくれるか?」
「はい」
 坂部が俯いて瞳を閉じるのが気配で分かる。私は田中夫妻の腕にゴムの紐を巻いて血管を浮き上がらせ、アルコールを染み込ませた脱脂綿で腕を拭う。
「アンタが、ワシ等の最後の希望じゃな……」
 私は声を出す代わりに静かに頷く。田中の瞳が私に向けられる。優しさと悲しみに満ちた瞳。私はその瞳を見詰め返し、腕に針を刺す。
「初めは食塩水を流して、五分後にペントソール・塩化カリウムの順番で身体に流れて行く。合わして十分程度で、眠る様に静かに逝く事が出来る」
 関が闇に向けて説明をする。暗黙で、部屋に居る私達が頷く。もう後戻りは出来無い。
「ワシは、本当に幸せじゃな」
「田中さん……」