リアル

「ワシは、本当に幸せじゃな」
 田中は嬉しそうな表情を浮かべて立ち上がる。ストーブの上。薬缶が蒸気を上げて湯を沸かしている。急須に茶葉を入れ、湯を注ぐと茶の香りが部屋に流れ、梅子が微かに声を上げる。
「家に帰ってからな、梅子は良く色々な事に反応するんじゃ」
「意識が、戻ったんですか?」
「いや、恐らく嗅覚が昔の記憶を呼び覚ましとるんじゃと思う。本能に近い物があるのかも知れん」
「そう、ですか」
「一人で寂しい思いをさせる事はせんよ。ワシも一緒に逝くんじゃからな」
「怖く、無いんですか?」
「怖さと云うのであれば、ワシは十二分に怖い思いをしてきたよ。社会を生きて行く事は、本当に怖い事じゃと思う。対人関係であったり社会であったり。ワシ位の年に成ると、そう云った物も含めて、受け入れられるのかも知れんな。この世で一番怖い物は人じゃよ」
「難しいですね」