リアル

左側。坂部は、非常階段の光が点る扉の前に立ち、ドアのノブを回すと、ドアの隙間から吹き込んで来る寒風に、坂部は微かに咳き込み、重い扉を開け放つ。
「えっ?」
 プレハブの掘っ立て小屋。その手前に「スナック空」の看板が、他のビルの袖看板に負けぬ様にと、煌々と赤い文字で光り輝いている。
「凄い―」
 坂部は言葉を失い立ち尽くす。今居るビル意外は、大体が五階建ての雑居ビルが多く、意外な程にロケーションは良い。結果、屋上に在るスナックは誰にも気が付かれる事も無く、隠れ家的なスナックへと変貌している。
 日常と云うか、当たり前に立ち並ぶビルの屋上にプレハブのスナックが在る現実感の無さ。坂部は微かな戸惑いを覚えるが、心の中で自分に叱咤激励してドアの前に立ち、静かに扉を開く。
「いらっしゃい」
 薄暗い照明。カウンターの奥から甘い声が聞こえて来た。坂部は緊張の表情を浮かべて中に入る。
「あの……」
「寒いから早く閉めて。立て付けが悪いのよ」
「は、はい」
 坂部は女の声に従いドアを閉める。
「誰の紹介?」
「片桐悠也さんって人です」
「貴方、坂部さんね」
「はい」
話が通っている。坂部は改めて現実を噛み締め、ママが指示するスツールに腰を下ろす。
「最初に断って置くけれど、此処での話は、誰にも喋ったら駄目なの。意味は分かるわよね?」