リアル

「始はそうしていました。だけど……」
「虫の居所が悪かった?」
「……そうです」
「云いたい事があるのなら云えば良い。他人の方が分かり合える場合もある」
 私の眼には、この坂部と云う青年は暴力事件を起こしたりする粗暴な雰囲気は感じる物は無い。お節介なのは分かっているが、此処迄関わったのも何かの縁だ。私は話の矛先を振りグラスを弄んでいると、坂部は暫し逡巡した後にユックリと話し出した。
「実は……」
 坂部はグラスを持つ手に力を入れ、極力感情の起伏が出ない様にして淡々と話す。現在、坂部はケアプランセンターと云う、介護事業所で働いていること。その仕事で知り合った田中夫妻と現在置かれている状況。仕事上の関係だと割り切れば云い事だが、如何も坂部は田中翁に問い掛けられた質問の数々に苦しんでいる風に見える。何処にでもある話だと割り切れば云いとは思うが、坂部はそう云う割り切りが出来る類の人間では無いのかも知れない。だが、だからと云って、何が出来るかと云うと、第三者の坂部に出来る事等は無い。田中が求めている事は只一つ、己と妻の静かな死だけだ。
「君に出来る事は無いな」
「何も、ですか?」