坂部は田中をベンチに座らせ、自販機に硬貨を入れてホットのお茶のボタンを押し、紙コップにお茶が注がれサイレンが鳴る。
「どうぞ」
田中にお茶を手渡し坂部はホットの珈琲を買う。
「あの姿を、何時までも見とるのは忍びなくてな……」
ドラマでは無い現実。坂部の眼の前で起きた事は、虚構の世界では無く現実として起きている。痛みに耐え、痛みを薬で緩和される毎日。だが、その先に待っているのは全快と云う明るい未来では無く、死と云う絶望だけだ。
「金があったなら……もう少し若ければ……妻の事を考える度に思う事なんじゃ。もっと良い医療を受けさせてやりたい、満足の行く介護をしてやりたい。じゃが、実際にその様な手厚い看護が出来るのは金を持っている一部の人間だけで、ワシらの様な一般人には、望む事すら虚しい夢じゃ……」
「……若しも、若しも梅子さんが死んだら、田中さんは如何するつもりなんですか?」
「ワシか?」
「はい」
「梅子の後を追うよ。それが、ワシに出来る最後の事じゃ。一人であの世に逝かす等、不憫な思いをさせる事はワシには出来んよ」
「本気なんですか?」
「腹は括っておる。じゃが、如何してもその一線を越える事が出来ん。ワシは情け無い大人じゃよ」
「そんな事は……」
死を待ち望んで生きている訳では無い。田中夫妻は、平和な人生を送りたいと心から思い、現実がそれを拒んでいる。国の制度の為に、老人の居場所は徐々に無く成っている中、末期のガンに蝕まれた梅子を救い出す術は無いと云っても良い。坂部は答えの見えない問題を目の当たりにし、田中に掛ける言葉が何も無い自分に、只、情けなさを覚えた。
*
底冷えのする十二月。私は仕事上がりの開放感を貪る様に、ヤク入りの煙草を吸い乍ら夜の街を歩く。携帯のディスプレイの時計は十九時を少し回っている。飲み歩くには少し早いが、家に帰るのは何処か味気無い。私はコートの前を合わせ、寒気が身体に染み込まない様に防御し乍ら無目的に歩いていると、細い路地から呻き声が聞こえて来た。
「何をしている?」
街灯の光が届かない為、路地に何人いるか確認が出来無い。
「他人はすっこんでろ!」
刺々しい言葉が返って来た。ヤクの為だろうか、私は自分に喧嘩を売られた時の様な苛立ちを覚える。
「どうぞ」
田中にお茶を手渡し坂部はホットの珈琲を買う。
「あの姿を、何時までも見とるのは忍びなくてな……」
ドラマでは無い現実。坂部の眼の前で起きた事は、虚構の世界では無く現実として起きている。痛みに耐え、痛みを薬で緩和される毎日。だが、その先に待っているのは全快と云う明るい未来では無く、死と云う絶望だけだ。
「金があったなら……もう少し若ければ……妻の事を考える度に思う事なんじゃ。もっと良い医療を受けさせてやりたい、満足の行く介護をしてやりたい。じゃが、実際にその様な手厚い看護が出来るのは金を持っている一部の人間だけで、ワシらの様な一般人には、望む事すら虚しい夢じゃ……」
「……若しも、若しも梅子さんが死んだら、田中さんは如何するつもりなんですか?」
「ワシか?」
「はい」
「梅子の後を追うよ。それが、ワシに出来る最後の事じゃ。一人であの世に逝かす等、不憫な思いをさせる事はワシには出来んよ」
「本気なんですか?」
「腹は括っておる。じゃが、如何してもその一線を越える事が出来ん。ワシは情け無い大人じゃよ」
「そんな事は……」
死を待ち望んで生きている訳では無い。田中夫妻は、平和な人生を送りたいと心から思い、現実がそれを拒んでいる。国の制度の為に、老人の居場所は徐々に無く成っている中、末期のガンに蝕まれた梅子を救い出す術は無いと云っても良い。坂部は答えの見えない問題を目の当たりにし、田中に掛ける言葉が何も無い自分に、只、情けなさを覚えた。
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底冷えのする十二月。私は仕事上がりの開放感を貪る様に、ヤク入りの煙草を吸い乍ら夜の街を歩く。携帯のディスプレイの時計は十九時を少し回っている。飲み歩くには少し早いが、家に帰るのは何処か味気無い。私はコートの前を合わせ、寒気が身体に染み込まない様に防御し乍ら無目的に歩いていると、細い路地から呻き声が聞こえて来た。
「何をしている?」
街灯の光が届かない為、路地に何人いるか確認が出来無い。
「他人はすっこんでろ!」
刺々しい言葉が返って来た。ヤクの為だろうか、私は自分に喧嘩を売られた時の様な苛立ちを覚える。

