「年を喰えば身体にガタは来る。そう成れば、如何しても医者に掛からないと駄目じゃが、金銭的な負担額は増える一方じゃ。今の日本は、財政難を大義名分にした弱者を切り捨てる姥捨て山見たいなもんじゃよ。ワシら老人は、社会から足切りをされとる」
田中はシビアな現状を冷静に見ている。その上で紡がれる言葉は、田中が思う程に坂部の心に重く圧し掛かる。
「愛や綺麗事では如何にもならん現実に、ワシは直面しているのか知れんな……」
「だけど……」
「本来なら、ワシがこの手で殺してやる事が一番なのかも知れんが、如何してもその一線を越える事が出来ん。妻の首に手を掛ける度に、元気だった頃の想い出が頭を過ぎるんじゃ……情けない話じゃが、ワシは妻の思いを遂げてやる事すら出来ん」
坂部の頭の中には「頑張りましょう」等の陳腐な言葉は浮かぶが、その言葉を口にする事が出来無い。田中の中にある梅子への愛の深さが、正常な思考と狂気の思考とで鬩ぎ合っているのが手に取る様に分かるからだ。
「すまん……光さんにこんな話を聞かせる事は間違っているのかも知れんな……」
「……いえ」
沈黙が流れる。田中は明らかに迷っている。狂気の一線を越える事で果たせる妻への愛。だが、その一線を越える事を踏み止まらせるもう一つの愛。二律背反する思考が、年老いた田中を日々苛め抜いている中、田中が外的な力を求めているのが坂部には分かる。圧倒的な狂気が介入する事によって得られる結果をだ。
「誤解しないで聞いて下さい……」
坂部は静かに田中に視線を向けて語り出す。
「田中さんの云っている言葉は、奥さんが殺され事を望んでいる様に聞こえます……」
「そう聞こえるかの?」
「はい」
田中はシビアな現状を冷静に見ている。その上で紡がれる言葉は、田中が思う程に坂部の心に重く圧し掛かる。
「愛や綺麗事では如何にもならん現実に、ワシは直面しているのか知れんな……」
「だけど……」
「本来なら、ワシがこの手で殺してやる事が一番なのかも知れんが、如何してもその一線を越える事が出来ん。妻の首に手を掛ける度に、元気だった頃の想い出が頭を過ぎるんじゃ……情けない話じゃが、ワシは妻の思いを遂げてやる事すら出来ん」
坂部の頭の中には「頑張りましょう」等の陳腐な言葉は浮かぶが、その言葉を口にする事が出来無い。田中の中にある梅子への愛の深さが、正常な思考と狂気の思考とで鬩ぎ合っているのが手に取る様に分かるからだ。
「すまん……光さんにこんな話を聞かせる事は間違っているのかも知れんな……」
「……いえ」
沈黙が流れる。田中は明らかに迷っている。狂気の一線を越える事で果たせる妻への愛。だが、その一線を越える事を踏み止まらせるもう一つの愛。二律背反する思考が、年老いた田中を日々苛め抜いている中、田中が外的な力を求めているのが坂部には分かる。圧倒的な狂気が介入する事によって得られる結果をだ。
「誤解しないで聞いて下さい……」
坂部は静かに田中に視線を向けて語り出す。
「田中さんの云っている言葉は、奥さんが殺され事を望んでいる様に聞こえます……」
「そう聞こえるかの?」
「はい」

