私はすでに西表島で過ごす翌日の現地ツアーを手配してあったので、そういったツアーのパンフレットには手を伸ばさなかった。

そこにはレンタカー屋さんのパンフレットもいくつか並んでいた。

私は四日間の旅行のうち、初めの二日間を西表島で過ごした後は、石垣島に戻って三日目、四日目を過ごす予定にしていた。

三日目は石垣島でレンタカーでも借りて回ろうかなぁと思ってはいたものの、まだ何も決めていなかった。

私の性格からして、これはちょっと珍しい。
普通なら旅行前にちゃんとインターネットなんかでレンタカーを予約しておくものなのに、今回はどこのレンタカー屋さんにするか、とか、何時から何時間借りるとか、そういったことを一度はちらっと考えたものの、十分考える時間もなく、そのまま旅行に来てしまった。

実は前日、私は五年間住んだアパートを引き払い、引っ越しを済ませたばかりだった。

私は神戸の病院に整形外科医として勤務しているのだが、病院から歩いてたった二分のアパートで一人暮らしをしていた。

そのアパートは便利で朝もぎりぎりまで眠れるのはよかったけれど、リビングの窓から病院が見えて、それが嫌になった。
なかなか仕事のことが頭から離れないのに、追い討ちをかけるように病院がちらちらと窓から見えると、ことさら忘れるどころかもっと考えてしまう。

初めは何かあれば病院に駆けつけられるし、それでいいと思っていたけれど、今年になって私自身が病気をした時、ついに引っ越そうと思った。

この生活を変えたくなった。

それで、引っ越し休みが欲しい、と部長に言ったら、すんなりOKが出た。
たぶん、部長も部下のガス抜きが必要だと思っていてくれたのだと思う。

私は病院では目の下にクマを作って、廊下をふらふらと徘徊するかのような姿で歩いていたし、肌も艶なんてかけらもないし、髪もぼさぼさで、回りのスタッフにも
「先生、お疲れですねー。」
とよく言われていた。

挙句の果ては医者の不養生の代表で、一週間寝込んで病欠までした。

それで、すんなりと休みを与えられたのだと思う。

私は引っ越し休みと称する有給休暇をもらえたので、ついでに旅行に行こうと決めた。