【短編】君しか見えない

「い〜っちゃん」



場にそぐわない声のトーンで名前を呼ばれた。


「羚くん。」


私じゃなくて、茅乃が彼の名前を呼んだ。


「羚、どうしたの?」


「終わりかと思って。」


目は笑ってないけど、明るい感じの羚。


「終わらないよ。
私は.....」


「いっちゃん、無理しないの。
変わることだけがいいことじゃない。
戻ることも必要なんだよ。」


だから、羚を選んだのに。


言葉をくれて諭してくれるから。


見た目は、大人っぽいって言われるけど。


全然、子供だから。


「羚、けどね。」


「俺は、いつでも助けてあげるから。」


羚は、私の頭を優しく撫でてくれた。


私と羚には、短い間だったけど絆があった。


「私は、見えてないよ。」


「それは、違うよ。
彼しか見えてないからだろ?」





私は、わからず首を傾げた。


「いっちゃんにとって、男って言う存在は、白羽くんだけなんだよ。
だから、無理して彼以外を見る必要はない。
俺は、変な道に進ませるために告ったんじゃない。」


「私、海斗しか見えてないの?」


私は、縋るように羚に聞いてから、海斗を見た。


「いっちゃん、自暴自棄になるのはヤメな。
素直になって、考えたらわかるから。」



羚の言葉が胸に響く。


私にとって羚は、頼れる友達という存在。


ふいに気づく。


恋人には、できない。


やっぱり、恋人にしたいのは海斗。


海斗だけ。


「羚、ありがとう。」


私は、心からお礼を言った。


「まあ、彼がいっちゃんを幸せにできないようなら、奪うから。
じゃあね。」


羚は、捨てぜりふを残してこの場を去った。