蒸し暑い真夏の夜。空に浮かぶ満月の光が廃校に降り注ぐ中、俺は呼吸を押し殺してアスファルトの壁に背を預ける。
 俺が居る指定エリアは、小学校に建設される平均的な体育館程度の広さであり、手渡された武器も、相手を殺傷する為に必要最低限と認定された銃とナイフだけだ。オマケに銃に装填された弾丸は一発のみ。ナイフは兎も角、銃に関しては滅多矢鱈に発砲する事が出来無い。
 俺は額に浮かぶ汗を拭い乍脈が早鐘の如く鳴るのを感じる。ジーンズにシャツと云う軽装で人を殺す。現実感の欠落した状態で、握り締めた銃把から伝わる冷たさだけが俺に妙な現実感を与える。奴とは一度ナイフで遣り合ったが、ナイフの使い方に関しては相手の方が腕は上だ。
―行くか
 壁を背に一歩踏み出す度に心臓が跳ね上がる。人を狙うと云う事は、自分も何処からか狙われている事を意味する。だが、俺は男を決して許す事は出来無い。八年前俺の妻子を殺害した男。いや、正確には少年と云うべきかも知れない。犯罪を犯した当時の年齢は十五歳で、男は妻子を殺害後、通り魔へと変貌して十人を刺殺し逮捕された。逮捕当初から、男の過去には汲み取るべき情状があると報じられたが、俺を含め、残された遺族の怒りが収まる事は無く、八年と云う時を経て決闘罪の代表として俺が選ばれた。選ばれた理由は、遺族の中で三十代と一番若いと云う事らしい。
―絶対に失敗は許され無い……
 左手に見える満月を睨み決意を新たにして歩く。一時間程彷徨い歩いたお陰で内部構造は大体把握している。今俺が居るのは一階の端の階段側だ。残り時間は少ない。気配を消して一歩進む度に汗が流れ落ちる中、ニ階へと続く階段に足を掛けた時、俺は小さな異変に気付く。
―これは……