*side波流*

 ぎゅっ、と抱き締められて──私の思考は、終わった。

 湖畔から抱えてきた胸のざわめきが、すうっと癒されていく。

 息苦しいことに変わりはないけれど、でも……


 それはもう、心地よい息苦しさへと変質していた。

 涼クンに抱き締められることが、こんなにも安らかなものだなんて。

 私は、彼の温もりを感じた。

 そして、彼の鼓動を感じた。

 生きている証。

 誰かのことを、好きになれる証。


「涼…」


 私は、彼の名前を呼んだ。

 初めての『呼び捨て』。


 くすぐったい恥ずかしさも、温もりの内に薄れていく。


「波流───」


 涼も、私の名前を呼んだ。

 言わなくても、伝わっているよね?

 気付いているよね?


 私の気持ち…。



 ずっと手に摘んでいた紅葉の葉が、はらりと落ちた。


 その時、

 私の唇は、柔らかな暖かさに触れた。


 涼の、唇だった。


 生まれて初めての、キス───。



 私たちは、いつまでもそうしていた。




 紅葉散る、湖畔で…。

*End*