「それだけか?」


すぐに唇を離した海棠を咎めるような声が笑った。琥珀が見上げる先には漆黒の瞳。


「物足りない?」


薄く笑う唇を、真っ赤な爪の指先が伸びてきてゆっくりとなぞる。ひどく、扇情的。


「いや。お楽しみは先にとっておく」


それだけ言って、彼女は海棠の唇から指を離した。少しだけ名残惜しさをそこに滲ませながら。しかし次の瞬間には目の前の男には興味がなくなった、とでもいうように再び瞼を閉じてしまった。それを見てから海棠も無言で広い居間を足音も立てずに出て行った。


誰もいなくなっただだっ広い居間は、今が真夏だということを忘れるほどに冷えていた。いつからそこにあるのか、この屋敷の調度品は全てが古い。侘助にはそれが不満だったのだが、かといって家具や電化製品を最新のものにしたところでしっくりこないのは目に見えている。


白い髪をまるで男のような仕草でグシャグシャとかき回し、彼女は長い睫を揺らして目を開けた。現れた瞳に苛立ちが混じる。


「こそこそしてないで出てこい」