「海棠(カイドウ)」
凛とした声に名を呼ばれて振り向いたのは、濡れ羽色の艶やかな髪を背中の中程まで伸ばした男。涼やかな目元と常に微笑の浮かぶ口元と相まって、酷薄な印象の強いその容貌が振り返った途端、柔らかな笑みを浮かべた。
「やあ侘助(ワビスケ)、久々に顔を見せたね。今まで何処にいたんだい?」
口を開けば途端にその冷たい印象は砕けたものに変わる。低くて耳に心地良い声音。
一方侘助と呼ばれたのは、しかし、女である。透けるほどに白い髪を肩で切り揃え、見え隠れする左耳にはピアスが7つ、並んでいる。片手に提げたボストンバッグを床に放り出すと、彼女は無表情なまま海棠の座っている正面の一人掛けソファに座った。短いスカートから剥き出しの細い腿に、海棠の視線が絡むことも気にしない様子で脚を組む。
「仕事で京都まで」
「へぇ!それはまた雅な。楽しんできたかい?」
「……コレッティは?」
「おーい、俺の質問聞いてた?」
「………」
余計なことは答えないのはいつものことと、海棠は軽く肩をすくめて苦笑いを浮かべ目を細める。
「あれなら今はいないよ。仕事に出てる」



