*
午前零時。真夜中の住宅街を足音も立てずに歩く人影が、ある建物に向かっていた。周りの家々から取り残されたようになだらかな丘になっているその場所には代を感じさせる一際大きな洋館。建物の周りを囲む高い塀には、びっしりと蔦が這い上がり、そこだけ時の流れから切り離されたようだ。
“カメリア館”と人々に呼ばれるそこには、外国の富豪の一家が住んでいるだとか、旧家のお嬢様がひっそりと静養中だとか、あらゆる噂が尽きなかった。
なにしろ近隣の人間たちはその洋館に出入りする者を見たことがなかったのだから。
音もなくその人影は屋敷の門の前で立ち止まった。
片手に小さなボストンバッグだけを持ち、しばらくその鉄の格子を見上げてからおもむろに門の右端へ向かう。
蔦が絡まる門柱の一箇所に手のひらをあてれば、数秒の後、音も立てずに錆びた門がするすると開いた。
するとその人影は躊躇うこともなく、その屋敷の敷地内へと足を踏み入れた。
その人物が暗闇に紛れて見えなくなった頃、鉄の門扉は再びゆっくりと動き出し、いつもと変わらずに屋敷を守るかのように口を閉じた。



