「あれ、また傘がないぞ。」
一日の仕事を終えて、雄介はまた傘立てに雨傘がないのに気づいた。
…続けて二回目とは、ついていない。
「誰だよ、まったく。」
悪態をついた処へ、事務所の先輩が駆け寄ってきた。
「雄介じゃないか、ゴメンゴメン。間違えてお前の傘を持っていくとこだったよ。」
そう言って、太めの体を揺らしながら手に持つ雨傘を差し出す。
…確かにそれは、雄介のものだった。
「てっきり自分の傘だと思いこんでてな。いやあ、すまなかったよ。」
申し訳なさげに頭を掻きながら、先輩は傘を手渡した。
「いえ、いいんですよ。気にしないでください。」
受け取りながら、彼は微笑んだ。
(やはり名前は書いておくもんだな。)
そう思いながら、傘を探す先輩にあいさつをして、またエレベーターに乗り込む。
…ウィーン。
動くランプを見つめながら、雄介は昨日とそして今日のことを思い返した。
「まったく不思議なこともあるもんだよな。」
続けて無くなった傘が戻ってくるなんて…。
それはしかし、何ら不思議なことではないのかもしれない。
だが雄介にとっては、何か特別な力が働いているとしか思えなかった。