その1ヶ月後。

私のバイト先の喫茶店に、彼が1人でやって来た。

「アイスコーヒー」

ただそれだけ、私に伝え。

厨房から出されたアイスコーヒーを私がテーブルに運ぶと、彼は、チラッと見上げ、すぐに目を伏せた。

──カランッ

彼がストローで氷を揺らす。

紹介された彼女と付き合ったんだろうか。

逃げた私を怒っているだろうか。

それとも……。

数分でアイスコーヒーを飲み干した彼は、すぐに席を立った。

私は急いでレジに走った。

けれど。

「タクミ、元気ないよ」

伝票を差し出す彼が1言。

それは、タクミを想う親友の言葉だった。

そうだ。

彼にとって、私は親友の彼女にしか過ぎなかった。

ただ、それだけ──……。

デパートの2階に位置するその喫茶店には入口を遮るドアはなく。

その先にテナントがずらっと並んでいる。

私はレジに立ったまま、去って行く彼の背中を見送った。

──バイバイ。

心の中で呟き。

でも、背を向けていた彼は、数メートル先で振り返る。

振り返り、何かを言いたげに私を見つめた。

もしかするとそれは、言ってはいけない事。

聞いてはいけない事。

私は黙って見つめ返すと、こぼれそうな涙をぐっとこらえ、彼に手を振った。

気づいた彼も。

そっと、手を振った。



中途半端にずるかった私、中途半端に弱かった私、中途半端に逃げた私。

若すぎた私には、後先を考える余裕なんかなくて。

傷つき、傷つける事しかできず──



──
────カランッ

私はアイスコーヒーに、ミルクとガムシロップを注いだ。

目の前の苦い過去は、ゆっくり穏やかな現実に色を変えて行く。

アイスコーヒーはアイスコーヒーでしかないけれど。

ミルクの加減によって、何度もその色を変える。

今の私なら、どんな選択をしただろう……。

──やっぱり同じように彼に手を振るのかもしれない。

でもあの頃と違うのは、背伸びして飲んだブラックを、自分色のカフェオレに変えられる事。

ありのままの、自分で。

「アイスコーヒー」

隣から、注文する男性の声が、聞こえた。