とれかけていたボタンをあいつにつけてもらおうと、洗濯機の上に置いたままにしていたんだ。

思っただけで、言えないまま終わってしまったんだけど……。

またリビングに向き直ると、視界に入り込む光景が全て懐かしく感じる。

つい昨日までは何も感じずに当たり前に過ごしていた場所なのに。

あいつと歩いた廊下。

あいつと過ごした部屋。

あいつと選んだ家具。

あいつがいた、俺の隣……。

全ての思い出が綺麗なパステルカラーとなって蘇る。

「今更……なんだよ」

俺は、もう色褪せてしまった自分に言い聞かせるように口にすると、目を伏せたまま洗面所に向かった。

けれど、洗濯機の上にあったはずのスーツがない。

「……あれ?」

寝室に戻り、クローゼットを開いてみた。

──ない。

まさかと思いながらも、今度はあいつのクローゼットを開いてみる。

すると……。

あいつのお気に入りのワンピースに寄り添って、きちんとアイロンがかった俺のスーツが、なぜかそこにいた。

なんで……。

──お気に入りのワンピース。

それは、付き合いたての頃に俺がプレゼントしたもので。

『これ着て、初めてデートしたレストランに、また行きたいな』

あいつは確かにそう言ってたんだ。

だから、

『じゃあ俺も、オーダーしたスーツでキメてかなきゃな』

って、笑った。

なのに、“いつでも行ける”と思った俺は、その約束を後回しにしてばかりで。

結局、あいつをあのレストランに連れて行く事はなかった。

スーツをよく見れば、昨日とれかけていたボタンもしっかり縫いつけられている。

──できるだろうか……。

俺は携帯を取り出すと、もう飽きるほどにかけた番号を画面に出し、見つめた。

──まだ、間に合うだろうか……。

通話ボタンを押す指は、初めてあいつをデートに誘った時と同じくらいに緊張していて。

小刻みに揺れている。

──プルルル……

──プルルル……

──プルルル……ッ

呼び出し音が3回で途切れた。