花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~


 一気に食欲を刺激され先にオムレツを口に入れたところで、リビングにまだパジャマ姿の龍馬が新聞片手に現れた。
「……おはようパパ」
 口に入れた一口目の余韻も楽しむ間もなく、急いで飲み込んで返事をする。それでもワンテンポ遅れての返事になってしまったのは仕方ないだろう。
 テーブルの向かいがわに腰掛けて大きく欠伸をしながら新聞を広げる龍馬を眺めながら二口目を口に運ぶ。今度こそゆっくりと卵の風味を味わおうとしていたのだが……
「小梅ちゃ~ん。電話だよ~」
 バタバタと足音と共に戻ってきてリビングの入り口にマキが顔を出し、小梅を呼んだ。
「電話……ですか?」
 こんな早朝に誰だろうと、小梅は首を傾げつつ席を立つ。小梅の家の電話は昔なつかしの黒電話だ。その独特の使い心地や風情溢れる存在感を、ことさら龍馬が愛しているため、コードレスフォンに買い換えることなく今も愛用している。その為電話に出るには、電話が置かれている廊下まで行かねばならない。
 椅子を降りてマキの居るリビング入り口のほうへと向かうと、すれ違い様に
「千歳君だよ」
 マキはそう言って意味ありげな笑みを浮かべ、小梅へウィンクを寄越した。そのまま楽しげにスキップでも踏みかねない軽い足取りで仕事へと戻って行くマキを追うように電話へと向かう。
 学校に行けば会えるというのに、早くに電話をかけてくるなんてどうしたのだろう。そう思いつつ受話器を取る。
「ちーちゃん? どうし……」
「小梅……悪い。今日早く出れないか?」