花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~


 誰かがいる。そう悟った瞬間に、その誰かが自分のベッドに――すぐ隣に寝ていることに気がつき、それが誰なのかすぐに思い当たった。
 千早だ。
 千歳が先に寝入ってしまったし、どのみちこの部屋に他に寝具はない。夏とはいえ、板張りにラグがひいてあるだけの床で寝る気はしなかったのだろう。しばらく寝ていなかったみたいなことも言っていたし、それでここで寝ることにしたに違いない。
 千歳も千早も小柄だから、寝ようと思えばこの据付のベッドでも充分二人寝れる。真っ暗なところを見ると、千早も千歳と同じく豆球不要のタイプらしい。ちゃんと部屋の電気も消してあった。
 それにしても――
 隣に寝ているのが千早として……ならば、この手にある感触はなんだろうと千歳は首を捻る。
 鼻先に香るシャンプーや寝息の聞こえてくる位置から、どうやら向かい合わせ正面に千早の顔があるらしいことはわかる。夢で手を伸ばした感覚そのままに千歳の腕は前方に伸びているし、千早にうっかり触ってしまったのだということもわかる。けれど……。
 そっと、触れた方の手に力を入れると、むにゅ、とした感触が返ってきた。
「……う?」
 その感触の生々しさに思わず千歳は変な呻き声を上げてしまった。そして慌てて手を離すとおもむろに起き上がり、ベッド横のカーテンをひく。
 目をこすり、窓越しに差し込む微かな月明かりを頼りに周囲の状況の把握を試みる。暗闇に慣れてきていた千歳の目にはその淡い明かりで充分だった。
 案の定、すぐ隣に千早が横たわっている姿を確認する。
 貸したパーカーを着て、千歳の方を向いて横向きに、背中を少し丸めて瞼を閉じ、静かに寝息を立てている。