花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~


 生垣の向こう側から小梅の部屋にまっすぐ向けられた顔は、見慣れた顔。部屋の中に沢山写真も飾ってある……千歳。
 不思議に思い部屋の時計を見ればもう二十三時。こんな時間にどうしたというのだろう、何か相談事だろうか?
 そう思い、時計から視線をすぐに戻し窓を開けようとしてハッとした。
「あれ? あれれれ?」
 眉根を寄せて小梅はパジャマの袖で目をごしごしと擦る。
 ――いない。
 たった今まで生垣の向こうから小梅の部屋を見上げていたはずの千歳の姿が消えていた。
 誰かと見間違えたかとも思ったが、そのあたりに人影はひとつも見当たらない。
「う~ん?」
 気のせいかと首を捻りながら小梅は小さく唸った。
 そういえば、今日の千歳は随分疲れているように見えたしちょっと顔色も悪く見えて気になっていたのだ。ずっと心配していたものだから幻覚でも見えたのかもしれない。
 千歳は小梅の前ではいつも元気なそぶりを見せているが、長い付き合いだから、千歳が無理をしている時はどんなに千歳が隠そうとしても小梅にはすぐにわかってしまう。
 もう、ずっと。長い間そばにいてくれる千歳。どんなときも、さりげなく、いつも小梅のことを助けてくれる千歳は小梅にとっては、普段あまり顔を合わせない両親よりもずっと身近で大切な人間だといっても過言ではない。