喜んだのもつかの間。綾人は次の瞬間瞼をぱちぱちとさせるはめに陥った。
駆け足だった足を止め、その場に立つ。
たった今まで千歳が寄りかかっていた校門のまん前で綾人はしきりに周囲を見回した。
「…………千歳っち……?」
たったいま、確かにそこで綾人に笑いかけた少年は、何時の間にかに校門前から姿を消し、その姿はどんなに周りを見渡しても見当たらなかった。
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「パパ。パパ」
愛らしい声で呼ばれて龍馬はハッと目を見開く。
「ああ……小梅。どうしたんだい?」
何時の間にか転寝をしてしまったらしい。身を伏せていた机から身体を起こし顔を上げれば愛しい娘が心配そうな顔で見下ろしている。乱れた白髪を掻き揚げながら袖口にふと目を留めれば濡れたような染み。どうやらよだれまで垂れていたようだ。
「コーヒー入れてきたよ。書類いっぱいだね。大丈夫?」
「ああ、ありがとう」
にこりと笑みを作って、濡れた袖口をさっとたくし上げて小梅から隠す。
「いつも夜は出かけるのに……急なお仕事?」
「いや、急って訳じゃないけどね。加賀見君に言われて思い出した仕事があってね。本当だったら今日も出かけたかったんだけどねえ」

