どうりで今日は玄関からここまで何事もなく辿り着いた筈だ。
いつもは千歳と入れ替わりか……千歳が帰った後ぐらいにしか来ない理事長が、めずらしく先に来ていた。
そして何故か、頭の上に暗雲と縦線のオプションつきでデスクに突っ伏している。
「ああ……加賀見君待っていた。待っていたよ」
千歳の声に、のそりと重たげに頭を上げた理事長の目の周りには、真っ黒なクマがはりついていた。
「うっわ……ひでっ! なんです、その顔」
「なんですもかんですもありませんよ。見て分りませんか? 昨夜は徹夜だったんですよ……うう……眠い」
言いながら大きな欠伸をひとつ。
「まさか、昨日来てからずっとここにいたんですか?」
「うん。そ~ですよ~」
「そうですって……仕事は?」
「仕事? ああ……そういえば来週の理事会の資料まだできていませんねえ~……どうしましょうかねえ~」
そう言うとへらへらと怪しげな笑いを浮かべる。
何やら不穏な気配に千歳の背に冷や汗のようなものが流れた。
何か……壊れかけてないだろうか、この人――そんな不安に駆られてしまう。
いや、元々壊れ気味な人ではあるが……。
何だか目を合わせるのは危険な気がして視線を床に向けると、いつものごとく散らかる紙くずやお菓子の食べかすが目に入り、仕事をみつけた安堵感に小さく息を吐きながら塵取りを取りに用具入れへ向かう。
道具を手に手際良く掃除を始めた千歳を虚ろな目で眺めていた理事長だったが、千歳が塵取りのゴミをビニールに入れようとした瞬間、ハっとしたようにデスクから身体を起こした。
「そう。そうだよ加賀見君待ってたんだよ!!」

