普段構わない事の仕返しなのか、全く身に覚えのない話を突然始める綾人に、千歳は顔をしかめて振り返る。
「え~? あくまで知らないふり? 昨日会ったじゃん」
「……おい。勝手に捏造するな。会うわけないだろう? 昨日は仕事が長引いて……すっげえ疲れたから出かけないでずっと部屋にいたんだぞ」
そう。いつにも増して昨日はしんどかったのだ。
うっかり引っかかったセンサーで噴射された水は思いのほか大量で……廊下一面に出来上がった水溜りを拭き上げるのだけでも凄い労力だったし。所長室では怪しげな薬品のせいで火事になりかけたし。
身体も精神的にもくたくただったのだ。
研究室を出て校内見回りとゴミだしを終えた後、敷地内の片隅にあるプレハブ小屋(千歳の現在の住みか)に戻ってからは一歩も外に出ていない。
あるもので簡単に夕食を取った後そのまま寝入ってしまったのだから。
「まあ……ちーちゃん昨日はそんなに大変だったんですか? 可哀想に……」
その元凶が小梅の父親にあるなんて小梅には到底言えない。
だから詳しい話を避けて、疲れて寝入ってしまったから昨日出歩いてはいない事だけ伝えると、小梅が気の毒そうな顔をして首を傾げた。
「綾人さん。誰かと間違ったんじゃないんですか?」
「え~? じゃ、あれ誰よ? すぐ横すれ違ったんだぜ。千歳っちみたいな可愛い男子がそういるとも思えんし、見間違いじゃないと思うんだけどな~」
せっかく小梅が入れたフォローに、それでも疑わしい表情を崩さない綾人。
どうやら会ったというのは嘘ではないようだが……それでもそれは確かに千歳ではない。

