背後で呑気な声が聞こえ、千歳は所長室の入り口の方へと上半身のみを捻り、振り向いた。
 白衣に身を包み、片手を上げてニコニコとご機嫌な様子を見せる長髪の男。
 諸悪の根源がそこにいた。
「真面目にやってますよ。毎日そりゃもう……なのに、毎日来るたびに仕事が山盛り状態なのはなんでなんでしょうね?」
 たっぷりと皮肉をこめて返事を寄越す。なんの効果はないとわかっていても、せめてこれくらいの仕返しぐらいはさせて欲しい。
「仕事があるのは良い事だよ? だって仕事がなかったらお金にならないでしょう?」
「だからって無駄な仕事増やす必要ないでしょう?」
「おやおや? 認証失敗したのかい? 加賀見君にしかわからない問題を出してるつもりなんだけどなあ~」
「わかるわけないでしょ!!」
 その問題を思い出すだけで顔が紅潮してしまう。
 思わず語気が荒くなってしまったが、理事長は笑顔を崩さない。それどころかますます目を細めて笑みを深めた。
「やぁ。やっぱり加賀見君はかわいいよねえ。怒った顔もかわいいもんだ」
「男なのに可愛いって言われても嬉しくなんてありません!」
 キッと睨みつけるも勿論効果はない。
 理事長は肩から垂れる長い髪をゴムでくくりながら、ふふ、と含み笑いをもらす。睨み付ける千歳の視界の中、真っ白な髪の束が器用にまとめられていく。
 理事長の髪は見事な白髪。何かの実験中に発生したあやしげな煙のせいでそうなってしまったという……いわゆる自爆というやつだ。
 彼は常にそんな弊害を生むようなものばっかり作っている。そして自分が被害にあっても懲りることはない。