花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~


 仕方なくプレハブに戻ろうと、校庭を挟んで反対側に見える、薄闇に濃く浮かぶ木立の影へむかい足を向けた。
 全く人気のない広い校庭を横切るのは自然と躊躇われるものだ。先日千早と研究所へ向かった時と同じく、校庭の端のルートを辿る。静かな校庭。時折り吹く風の音と、小さな虫の声しか聞こえない中……ふと、その中に異音が混じった。
 何か、機械的なものが振動するような音。
「……っ?」
 規則正しく振動のリズムを刻む。それが携帯のバイブレーターの音だと気がつき、音が聞こえた頭上を千歳は振り仰ぐ。
 上空の視界を遮るように伸びた太い木の枝の根元。そこで蠢く影が見える。
「千早!」
 躊躇うことなく千歳はその主の名を呼んだ。
 影がビクリとしたようにシルエットを震えさせる。間違いない。
「……お前っ……何やってんだよ! 降りて来いっ」
 瞬間的に湧き上がった苛立ちをそのままにぶつける千歳の声に、頭上の影は迷うようにその動きを止めたが……やがて、あきらめたようにゆっくりと枝を伝い、低いところまで降りてくると、軽やかに地面に飛び降りた。
「…………千歳……」
 目の前に降り立ち、おずおずと千早は顔を上げる。顔に書いてあるとはよく言ったものだ。言わずとも、その顔にはごめんなさいとでかでかと書いてある。
「あのなあ……猿かよ、お前は」