花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~


 皆が黙り込む中、綾人だけが呑気な声を上げて立ち上がる。何をするのかと思い千歳が視線を上げると、綾人はそのまま数歩移動して千早のすぐ後ろまでいくと、
「こ~んなにかわいくって、柔らかいんだぜ~」
 いきなりそう言って、後ろから千早の首に両腕をまわし抱きついた。
「~~~~~~~っ! おいっ、てめ……何して!」
 そのまま千早を後ろから羽交い絞めにして座り込み、たまらないといった表情で頬擦りを始めた綾人にぎょっとして、思わず千歳は大声で叫んでいた。
「…………っ」
 綾人に捕まった千早は驚きのあまり絶句して硬直している。
「離せ馬鹿っ」
「えー? いーじゃーん。だってかわいいんだもーん」
「あのなあ……俺がされてるみたいで嫌なんだよ。気色悪いんだよ。ほら、千早も困ってるじゃないかっ」
「聞こえなーい。だって千歳っちにしてるんじゃないし……もしかすっと、千歳っちと遠縁か何かかな―って思ってずっと遠慮してたけど違うみたいだし。だったら千歳っちに遠慮する必要ないもんねー。いーもん。どーせ千歳っち俺に冷たいし、千早っちが嫌がらないなら今度からは千早っちに構ってもらうから」
「お前っ。無茶苦茶言うな。千早も嫌に決まってんだろ!」
「え~? 千早っち嫌なの? だったら綾人悲しい~」
 ふざけているのか、どこまでが本気なのかともつかない綾人の軽口と態度に、こんなシリアスな場面にどうしてそんな真似が出来るのかと心底呆れてしまう。
「お前なあ~……」
 怒りを通り越し、千歳が脱力しかけた時。
「……ふ…………ふふ……」 
 綾人の腕の中からくぐもった声が聞こえた。見れば、千早が両手で顔を覆って、小刻みに肩を震えさせている。
「え? ……あ……ち……千早?」