「それは、加賀美君が良いと思う方向ってことかしら」

「あぁ。――俺の読みが外れたことなんざねぇんだよ」



耳元に響く声はまさに悪魔の囁き。
背筋が凍るようで、なんだか気持ち悪い。


そろそろ真夏なのにも関わらず、冷や汗しか流れない。




この男は侮れない。それは長年の経験から培われている。

加賀美の言うことが外れたことなど一度もない。

それは環が一番知っていることであった。

そして、それが現実にならないで欲しいと願ってもそれは実行されてしまう。

この男は状況を読むのは上手いというレベルを通り越して、最早状況を作り出しているのではないかと錯覚することさえもある。




「…それは忠告かしら」

「あぁ、忠告だとも。……俺の意見をテメェが聞かなくとも、事は勝手に展開する」

「…私が何をしても無駄だとも?」

「そうだ。……どんでん返しなんざ期待するだけ、無駄だ」




声は風と共に去り、男の愉快な笑い顔だけが残像となった。

いつまでも余韻を引きずり、気がつけば何十分もそこに佇んでいた。




不吉にもあたりは夕方になり、烏の鳴き声だけが響いた。



それからは日が沈むだけ。もう夜しかやってこない。





(……お願いだから、変な方向にだけ事が運びませんように)




脳裏に加賀美の顔しか残らなかった。奇妙な胸騒ぎとともに。