君死にたもうことなかれ

撤退。

その二文字を誰よりも最初に口にしたのは、意外にも白夜大尉だった。

「見ろ。あの神獣はこれ以上こちらに害意はないらしい…」

確かに彼女の指差した先には、海中へと潜行していく玄武の姿があった。

飛鳥伍長を火球で葬ったのは、いわば威嚇。

手を出せば貴様らとて容赦しないという、玄武からの脅しだったのだろう。

「ならば尚の事、みすみす逃がす訳にはいくか!」

早乙女大尉も大型穿孔機を構えるが。

「撤退と言っている、早乙女大尉」

あくまで冷静に、白夜大尉は告げた。

「そうだろう?御手洗少佐」

「…ああ。この場であの神獣に仕掛けても被害が増すだけだ。幸いに奴もこの場は退いている。我々も基地に帰投するんだ」

第504駆逐小隊の隊長として、ここは隊全体の存続を考えなければならない。

少佐の判断は頷けた。

だが…。

「少し見損なったわ…飛鳥伍長は白夜大尉を庇って戦死したのに、その白夜大尉があんなにも冷静なんて…」

失望した舞姫の声が、俺の耳に届いた。