先輩の瞳に私が映っているのに気づき、心臓の鼓動は速くなっていく。
 

 体を浸していく雨も、その雨粒の大きさも、冷たさも、人の声も全く感じなくなっていた。


 そのとき、車のクラクションが響く。私も先輩もその音に体を震わせていた。


 そして、二人とも音のした方向に目を向けていた。


 音は私たちとは全く関係なくて、子供が赤信号なのに雨から逃れるために信号を渡ったのが原因のようだった。


 先輩が唇を動かす。


 そんなことに体を震わせる。


 でも、先輩の口から聞こえてきたのは、想像していたのとは全く別の言葉だった。


「とりあえず、先に帰ろう」


 先輩は私の手をつかむ。その手は雨で濡れていたけど、さっきより熱い気がした。


 その場所から家まで歩いて十分程度。そんなに遠くはない。


 でも、降りしきる雨の強さに距離は関係なかったのか、私の体も先輩の体もあっという間に水びだしになる。


 私は心臓の音、早くなる脈の音、その全てを先輩に聞かれたくなくて、気づかれたくなくて、先輩から目を背けていた。


 先輩は何も言わなかった。


 私たちの耳に届くのは地面を叩きつける雨音だけ。


 時折、それに混ざるように人の声とか、車の音が聞こえていた。


 先輩との無言の時間が長くなれば長くなるほど、胸が苦しくてたまらなかった。