今は夜の八時前。私がお風呂に入る前には家にいた彼が隣の家にいっていてもおかしくはないと思うけど。


 そのとき、網戸の開く音が聞こえてきた。


「何かあった?」


 私が下手に警戒をする前に、聞きなれた声とは違う声が響いた。


 優しくて、胸の奥が苦しくなってしまうような声。


 僅かに身を乗り出して横を見ると、そこには白いシャツを着た先輩の姿があった。


 いつもと変わらない先輩の姿に、思い出すのは夕方のことで、顔を引っ込めると唇を軽くかんだ。


 できるだけ声の乱れに気付かれないように、ゆっくりと言葉をつむぐ。


「裕樹から聞きました?」


 そう真っ先に言ったのは、さっき先輩の家から裕樹の声が聞こえたから。


「真由が怖い顔をしていたって言っていたから」


 怖い顔、か。


 否定はできないかもしれないけど。


「相談できることなら、相談に乗るよ」

「考えておきます」


 先輩だけには絶対に相談できないけど。


 一年後、先輩と約束をした花火大会の日にはこの気持ちがもう少し穏やかなものになるんだろうか。


 相手の幸せを望めないまでも、ここまで心を乱さないようになりたい。


 そのとき、空で弾けるような音が響いた。


 その音は近くではなく、どこか遠くで響くような音だった。


「今日だったんだ」