ヒサジほどの戦績と素質があれば、ジムの移籍先を探すのは難しくない。言うなれば磨けば磨くほど輝く原石を無料でプレゼントする様なものだからな。

だがそうすると、学業を諦める決断をしないとけない。それにサヨとも離れて暮らす事になりかねない。

「俺はサヨと離れて暮らすのは無理だ。学校もサヨと一緒に卒業したい…そうなるとやっぱボクシングは諦めるしかないんだよな」

ヒサジの場合、優先順位がしっかりしている。もちろんサヨが一番だ。ボクシングを諦める理由としてはこれ以上のものは必要ない。

「…辞めちゃうの?」

サヨとしてはこの時複雑な心情だっただろう。ボクシングはあまり続けてほしくないと思っている。

でも、ヒサジがリング上で輝く姿をその眼で見ているし、ヒサジがどれだけ才能に満ち溢れているのかも良く耳にしていた。自分で辞めてほしいと言っといて、こんな事を聞いてしまう自分に違和感を覚えているに違いない。

「うーん…とりあえずは延期ってところかな。試合を組まなければ良いだけだしな。学業優先っていう大義名分を出せば問題はないよ」

困ったものである。サヨに心配をかけたくないと思いつつ、PTSDの治療の一環としてボクシングの試合を見せていきたいと思っているヒサジ。

サヨの苦しみを分かってあげられないから、自分を媒介にして治療の手助けを手探りで探しているんだ。

そしてそんなヒサジの気持ちが分かっているのに、どうにも出来ないサヨ。サヨは今でも体が硬直する事が多い。

昔の事件が原因で尖端恐怖症になり、3年が経った今でも包丁に触れないのだ。すなわち料理が出来ない。世界一安全と言われる日本でも、一人で夜道を歩く事も出来ない。

人見知りはあまりしなくなったものの、それでもヒサジという最強のSPが居るからこそ会話が出来る様になっているだけ。

サヨは自分がヒサジの未来を弊害しているとしか思えなくなっている。

「これで少しは学校の成績を上げることが出来るかもな。2っていう数字を見るのはもうウンザリだ」