神への挑戦

それをヒサジは、スエーバックでギリギリ交わすと、相手選手と大きく距離を取り、小さくリズムを刻みだした。

相手の選手は、先手を取りたかったのだろうが、最初の攻防ではヒサジの方が一枚上手のようだ。ヒサジには動揺などは特になく、かなり動くのキレは良さそうだ。

そして先ほどの攻防が嘘のように、相手選手は慎重に距離を測る様に、ジリジリと間合いを詰めていった。

「ほぉ…相手もかなりの場数を踏んでいる様だな。ヒサジのリズムを見て、作戦を変えた様だ」

「どう言う事?」

ハヤトの呟きに、反応を見せたのはマリコだ。格闘技など何もわからないマリコは、ハヤトに解説を頼んでいるようだ。

「あの選手は、思い切りの良さと、殺気だった気迫を持っているのに、何処か冷静に相手を分析出来るだけの余裕があるんだ。あの選手は、明らかに直線的なインファイターなのに、距離を取られた相手に、ゆっくりとプレッシャーをかける選択を選んだ…実はなかなか出来る事じゃない」

ボクシングは距離を制した方が、試合に勝つ。手数の多さや、有効打の量で点数を決められる試合で、距離感はまさに生命線。

リーチではヒサジの方が分があるこの試合、相手選手は距離を取られる事を一番嫌っていたはずだ。だから、ゴングの音と同時に踏み込み、ヒサジとの距離を縮めたのだ。

最初にグローブをあわし、挨拶をするのがボクシングの礼儀。それを破るのはマナー違反と言えばそうなのだが、反則にはならない。ゴングは鳴っているので、油断した方が悪い。

そして今の状況は、距離を取られ、不利な状況なのに相手選手は、ゆっくりと距離を見定め、プレッシャーをかけている。恐らく、先ほどの攻防で、ヒサジの実力を読み、一気に踏み込む作戦は自殺行為だと考えたのだろう。

「流石に西日本の新人王なだけはある。アイツ…かなり強いぞ」

ハヤトの落ち着いた声音に、マリコではなく、サヨが小さく反応を示した。だがハヤトはヒサジの試合に釘づけで、サヨの小さい変化に気づく余裕はなかった。