「明日の夜は、こっそり家を抜け出して、向かいの公園で夜桜を見よう。」


前日に交わしたのは、小さな約束。


あの日、一体どれほど夜を心待ちにして学校から帰宅しただろう。


なのにドアを開けた瞬間、射し込むオレンジの西日よりずっと赤黒く染まった床の色。


鼻を刺すのは錆びた鉄の匂い。


倒れているのは瑠衣と有紀恵さんで、その途端に体が震え始めた。





そこからの記憶はない。


けれど残像だけが、未だに脳裏にこびり付いている。





気付けば病院にいた。


警察の人とお父さんが話し込んでいる横で、ただ呆然と自らの血に染まった手の平をただ見つめていた。


有紀恵さんは死んだ。


瑠衣は生きて、けれどまだ生死の境を彷徨うように、集中治療室で眠っている。


ただ、その現実だけが宙に浮いているような感覚。





こんなことになったのは、紛れもなくお父さんの所為だ。


目を覚ました時、瑠衣は自分に何を言うだろう。


あれほど一緒にいたのに何もわからなくて、だからとにかく怖くて仕方がなかった。


瑠衣に嫌われたら生きてはいけない。


お母さんに捨てられたことを思えば、血の繋がりさえない瑠衣だ、どうなるのかなんて想像に易い。


けれど一方で、目を瞑ればまだ、あの光景が鮮明に蘇ってくる。




怖い、嫌だ。
怖い、嫌だ。
怖い、嫌だ。