「もう、大丈夫。」


顔を上げると、瑠衣は少しばかり口元を緩めて見せた。


あたしは彼のもっとずっと奥にある闇にも気付けず、やっぱり自分のことばかりだったのかもしれないけれど。



「ごめん、あたし行く。」


「百合!」


刹那、瑠衣はあたしの腕を取った。


けれどまた、ごめん、と言うと、彼は黙って手を離してくれる。


もう何度瑠衣に制止され、その度に振り払ってきただろう。


影で彼がどんな顔をしていたかなんて知る由もなく、あたしは急ぎ部屋を出た。


向かう先は、クリスタルの事務所ビル。






もしも今、ここに内偵が入っていたら、と考えないわけではないけれど。


でも、もう今更後には引けなかった。


ひとつ深く息を吐き、少し古びた雑居ビルに入り、階段を昇る。


扉を開けた瞬間、目の前の光景に我が目を疑った。



「…百合、ちゃんっ…」


詩音さんとジローの抱き合う姿。


いや、泣いている詩音さんを、ジローが支えるように抱き締めている、という方が正しいのかもしれない。


あぁ、そういうことだったのか、と今更思った。


ジローがただ一心に愛していたのは、この人だったんだ。


本当は弱い人だからと言いながら、他の誰でもない、詩音さんのために彼は働いているのだろう。


見るべきではなかったと、心底思う。