「ねぇ、何にそんな苛立ってるわけ?」


聞いた瞬間、ガッ、と壁を殴る音。


びくりと肩を上げ、何が起こったのかと思いながらもあたしは、立ちすくむことしか出来ない。


瑠衣はそんなあたしを見て、また舌打ちを混じらせると、ビールの缶を床に叩き付けた。



「…瑠衣?」


やっと呼べた名前を紡ぐと、彼は目を逸らして顔を覆った。



「悪ぃ、何か俺おかしいよな。」


本当に、冗談じゃなくおかしい。


情緒不安定とでも言ったら良いか、感情の振り幅が大きくて、少し怖い。


最近のこの人は、仕事にあまり行かなくなったというか、ほとんど外に出てないんじゃないかと思う。


床にはまるで血のように、零れたビールが広がっていく。



「嫌いなんだ、桜の季節。」


どうして?


なんて聞けなくて、呟かれた台詞が宙を舞う。


例えばあたしだって寒い冬は嫌いだけど、でも瑠衣のそれは比ではない。


未だに体が硬直していて、そんなあたしを彼は、いつも以上に冷たい体で抱き締めた。


震える腕の中で、その体に手を伸ばせない自分がいる。



「俺さ、怖ぇんだよ。」


その言葉と同時に、冷たすぎるフローリングに押し倒された。


瑠衣は悲しそうな瞳の色とは裏腹に、強い力であたしの肩口を鷲掴んでいる。


まるで逃がすまいとしているみたい。


目を逸らしたその刹那、鳴り響いた電子音はあたしのもの。