***

─夜

大樹の周辺は、わずかに丘状になっており、遠くには、灯りが煌めくセンタービル街が見下ろせる。

リフィエラの病院は大樹が生み出す巨大な影に呑まれ、暗黒に浸っていた。大樹の枝々が風を受けてそよぐが、他には物音ひとつしない。

ブラッドとエルザはその闇の中にいた。

「シルヴァはどうだ。」
「元気そうなんですけどね、お腹が痛いって言うんですよ。」
「…そうか、」

しばしの沈黙の後、エルザは女神の涙が入った小箱を静かにブラッドに手渡した。

「大地の女神から、預かって参りました。」
「任務ご苦労。…どうだった。アストリア王国は。」
「経済が急激に回復しているみたいでしたが…女神ガラティアナは体調が優れないようで、皮膚に酷い発疹ができていました。」
「…そうか。」
「女神リフィエラの涙は…最後に回したらいかがです。あと3つもあるんですよ。」
「シルヴァがいなかったら、そうしてる。」
「…食べ過ぎがいけなかったんでしょうかね。」
「馬鹿言え。」
「じゃあ何が…」

会話は、そこで途切れた。2人は茂みに身を潜めて息を詰めた。

(誰か来る…。)

ざ………ざ………ざ………

足音がする。

だが、どこかおかしい。

一歩と一歩の間隔が、異様にながい。

少なくとも、病院に駆け込んできた者や、見回りの類いではないことは、明らかだった。

ざ………ざ………ざ………

ゆっくりと、だが確実に足音はこちらに向かっている。草を踏みしめる音が、徐々に近づいて来る。

(……!?)

暗闇からにじむように姿を現したのは、

シルヴァだった。

「シル…」

ブラッドは、声をかけようとして留まった。

シルヴァは、目を瞑ったまま歩いていたからだ。