夜は、明けた。
バルベールは重苦しい儀式の装束に袖を通した。

「良いのですか、王子。」

背後から、油っぽい声が降り掛かる。

「処刑だなんて!!」

(…黙れ、腐れ大臣が。終わったらお前等も皆殺しにしてやる。)

無視して、バルベールは扉を開けた。

今日の催に向かうために。

恐ろしく目眩がした。
吐き気がした。
苦しかった。

立ち止まったら、たちどころに倒れてしまいそうな程だった。

「しかし王子、ジェシカ軍隊長は王子の一番の腹心ではございませんか、」

後から大臣が追ってくるのを無視して、バルベールは石の塔のバルコニーに出た。

吹きつける風が、柔らかい髪を乱す。

バルコニーは、広場に向かってせり出していて、街が一望できる。

幼い頃、バルベールはここで暖かな陽射しを浴びるのが何より好きだった。

ここから町を眺めて、山々の向こうの景色に思いを馳せたり、町を行き交う人の活気を見るのが好きだった。

義父が好きだった。
人が好きだった。
春が好きだった。

大人になることは、果たして、こんなにも汚れてしまうことだったのだろうか。

広場には町人が集まっている。兵士も集まっている。
人垣の中央には処刑台がある。

その上には、2人の女が拘束されていた。

─ジェシカだった。

(…ジェシカ…私は…どうして…)

急に体が重くなる。
頭が、引っ掻き回されるようだ。

これが、アイシエとの契約の代償なのかも知れない。

彼女にすがること─現実から目を背けることでしか自分を守れなかった自分自身が、何だか虚しかった。

姿を見せると、ざわめいていた広場は一気に静まり返った。

バルベールは、ここにいる多くの人間が、自分の死を望んでいることが分かった。

自分に降り注ぐ視線が、怒りを孕んでいるのが分かった。