「で、何のご用?」
「バルベールと手を切れ。」
「…無理ね。」

アイシェの白い肌が、燭台の灯りに妖艶な影を纏う。

「あの子が、私と契約したのよ。私が彼の悲しみや苦しみを消し去る代わりに、彼は私に自分の魂を分け与えるって。」

「…麻薬と同じだな。おかげで、バルベールはすっかり廃人だぞ。どうしてくれんだ。」

「…その方が、あの子にとっては幸せなのよ。」

アイスブルーの瞳には、ここではない、どこか別の─もっとずっと遠いところが映っているように見えた。

「人間は、傷つけあってばかり。 彼は、裏切られ過ぎたの。遅かれ早かれ、いずれバルベールは人格が破綻していたわ。彼は特別にデリケートだもの。」

「……。」

「バルベールを覗いてみて思ったわ。人間は、とても残酷。長い間、春を呼ぶ女神として見守って来てあげたけど…騙し合って、裏切り合って…顔では笑っていても、その下では何を考えてるのか、ちっとも分からない。…見てよ。」

アイシェは、そこで言葉を切ると氷で凍てついた天井を仰いだ。

「春の女神アイシェは冬の女神に。春の国ローラは氷の国になってしまった。」

「……それは、あんたがバルベールと契約したせいなのか。」

「さぁ、知らないわ。何が原因かなんて。森が凍り始めたのは、バルベールが私と契約した頃からだったけど…。」

あっけらかんとした口調とは裏腹に、アイシェのその顔は、少し悲しげに笑みを浮かべていた。

「私が、人間に、幻滅しちゃったのかもね。」

彼女が腰かける氷の祭壇には、古い供え物なのだろうか、鮮やかな色を残したまま氷ついた花束が、ころりと横たわっていた。

「あなたは、誰からも忘れ去られたこと、ある?」
「……。」

アイシエは、くすりと笑った。

「…変よね。私は、今も昔も人間達に春を与え続けて来たのに。」

言うと、アイシエは手持ちぶさたに氷のドライフラワーを弄ぶ。

(…今は、私を思い出す人さえいない。)

ブラッドは、そんな彼女を無言のままに眺めていた。