いつの間にか倒れてしまっていたらしい。

目の前には、闇ではなく空が広がっている。

雨が上がった後、闇が去った後の生まれたての、空。

そして、あの花、逞しい木に華麗に咲き誇る、桃色の…あれは、そうだ、思い出した。

桜だ。

腕の中には、シルヴァがいる。

彼女は、泣いていた。

「シ、ルヴァ…?」

「う…うぅ…」

この、腕の中で。

彼女は、透明な涙を流していた。

「私は…あなたが、憎い。」

「…ああ。」

腕の中の、柔らかな体温が、心地良い。

血の涙ではない、透き通った本物の涙が、彼女の心を洗い流していく。

憎しみも、悲しみも、洗い流せはしないのだけれど。

彼女は、涙を流す。

それは、シルヴァの中で止まっていた、時間そのもの。

「ブラッドさん。あなたは、私の闇を、おぞましくて、醜い、もう一人の本当の私を、見ましたね。

…それでも、」

それでも、私に生きていて欲しいって、おっしゃるんですか?

温かい春の風が、吹いた。

この腕の中にある、

温もり。

「ああ。」